第1編 「年金」について

本テーマのトップを切って、5回に分けて、老後の生活費の中心や残された家族の生活の糧となる「年金」について取り上げます。1~4回は老後の生活費の中心となる「老齢年金」について、5回目は残された家族の生活の糧となる「遺族年金」についてお話ししたいと思います。

「年金は老後生活の要(かなめ)」(2) 

▼はじめに

 今回は、年金の基本的な知識として年金の財政と2019年に行われた検証、そして今年の年金改正の内容として「繰上げ受給の減額率の見直し」についてお伝えしたいと思います。年金の財政は、大きく言えば保険料、国費そして積立金とそれを運用した利益からなっています。また、この財政は5年毎に検証が行われており、一番最近ですと2019年に行われました。また、2022年5月から繰上げ減額率が毎月0.5%から0.4%に見直されました。

▼年金財政について

 まず、年金総額は、令和2年度末で56兆円、受給権者数は4000万人です。この年金給付を支えているのが、保険料、国費、積立金とそれを運用した利益です。年金の給付金が運用で補填されているのは意外かもしれませんが、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が積立金を運用しており、現在約200兆円となっています。そのうちの10兆円は2021年から2022年に運用した利益です。運用益は結構な金額となっており、GPIFの20年間での平均収益率は3.7%となっていますので、結果としては良いパフォーマンスになっていると思います。

▼「財政検証」について

年金財政の収支バランスに関して、5年毎に公的年金の給付水準や財政状況が長期(約100年)にわたって健全かどうかを確認することになっています。これを、「財政検証」といいますが、人に例えていうならば、健康診断のようなもので、もし、ここで異常が見つかれば、年金給付や保険料の現在の制度を見直すこととなっています。

ここでの健康診断の基準は、今後約100年間において、「所得代替率」(年金〔夫婦二人世帯の基礎年金と厚生年金の合計額〕が現役男子の平均手取り収入額に対する割合)が50%を維持できるかどうかというものです。この「所得代替率」の夫婦のモデルは「夫と専業主婦の妻」を指していますが、現在は共稼ぎが多くなってきており、この夫婦モデルが適切かどうかとの議論があります。

2019年の検証の結果を見てみましょう。確認できたことは、年金財政は、経済成長や労働参加の程度により大きく変化するということです。高い経済成長や労働参加であれば、「所得代替率」は50%以上を維持できます。しかし、ある程度の水準まで下がると2040年代半ばには「所得代替率」は50%に達し、その後も現在の制度を継続すると「所得代替率」は40%台半ばにまで低下してしまいます。また、さらに低い経済成長や労働参加ですと2052年度には国民年金の積立金が枯渇してしまい、「所得代替率」は36~38%程度にまで低下することになります。

  そこで、政府としては、このような事態にならないために、検証の中で、例えば、「被用者保険」(会社員等の被雇用者が加入する社会保険のことを指す)の適用拡大を検討することが必要である旨を示しました。今年の大規模な年金の改正では、10月から短時間労働者の適用範囲が拡大されますが、2019年の財政検証の結果が反映されたといってよいと思います。

▼繰上げ受給の減額率の見直し

5月から「繰上げ減額率」が毎月0.5%から0.4%に見直されました。ここで簡単に年金の「繰上げ」と「繰下げ」について説明します。よく「繰上げ」と「繰下げ」を混同する場合があります。「繰上げ」は「65歳より早く貰う場合」で、「繰下げ」は「65歳より後に貰う場合」です。65歳を境にして、手前が「上げる」、後ろが「下げる」という訳です。

 年金を65歳より早くもらう場合(「繰上げ」)は、年金額が減少します。今までは、一か月早める毎に0.5%の減少でしたが、今年の5月からは0.4%の減少になり、早めにもらう人に有利になりました。ちなみに、繰下げる場合は1か月遅らせる毎に0.7%増えます。しかし、繰下げる場合は、最低でも1年間は年金を貰わずに我慢する必要があります。また、よく「繰上げ」と「繰下げ」では、どちらが得かという議論になりますが、例えば65歳時の年金額と比較した場合、60歳に繰上げた場合と70歳まで繰下げた場合では、ざっと65歳時の平均余命でバランスが取れるように設計されています。そのため、“65歳時の平均余命より長く生きれば、繰下げた方が有利”と言えると思います。

 しかし、年金は長生きリスクに備える保険です。本来は損得よりもリスクにいかに備えるかの視点が大切だと思います。今回の改正では、年金財政が厳しい中、減額率が0.5%/月から0.4%/月へ改正され、「繰上げ」をする人に有利な改正が行われました。この改正に少し疑問が生じます。財政が厳しいのになぜ政府は減額率を下げたのだろうか。政府は「繰上げ」を推奨しているのだろうか、というものです。

 実際には、これは大きな誤解です。実は、今年の5月までの減額率(0.5%/月)、増額率(0.7%/月)は1995年の平均余命を基準に計算されていました。現在では、平均余命が約3年程度伸びており、平均余命まで減額率が0.5%/月では、「繰上げ」の人の年金額が「繰下げ」の人より少なくなり過ぎるので、バランスを取るために、減額率を改定したのです。本来は「繰下げ」増加率を減少させる必要があると思うのですが、今回は手が付けられていません。

 次に、「繰上げ」と「繰下げ」でどのくらい差があるか見てみましょう。満額の基礎年金を5年間繰上げた場合は24%減となり、約60万円/年となります。一方、5年間繰下げた場合は約110万円/年となり、その差は年間約50万円となります。このように、年金は“もらい方により大きく差が出る”のです。それぞれの事情を考えながら、「年金のもらい方を工夫する」ことが大切なのです。

 今回、「繰上げ」の減額率が減少したからといって、年金の「繰上げ」は推奨しません。減額された年金が一生涯続くことになりますし、色々な制約が生じます。その代表的なものを見てみましょう。繰上げするということは、制度上、年金支給年齢の65歳に達したとみられるため、繰上げた場合、実年齢が65歳に達していなくても障害基礎(厚生)年金(一定の条件では65歳までに障害状態に達し、手続きが必要な場合があります)が貰えない場合があります。

 また、基礎年金と厚生年金の両方を同時に繰上げる必要があるため、自分では片方の年金だけ繰上げたつもりだったのが、両方とも繰り上がってしまい、予想外の年金の減少につながる場合があるので注意が必要です。「繰上げ」については、安易に自分では判断せずに、年金事務所や社労士などの専門家に相談するのが良いと思います。

▼おわりに

今回は、年金の財政やその検証、さらには今年5月改正の繰上げ受給の減額率の見直しについて見て来ました。年金の財政面では、今後の経済状況や労働参加の状況により大きく変化することが分かりました。また、年金の繰上げ率は有利になりましたが、安易に繰上げることは色々な制約が伴う場合があり、将来に禍根を残す場合もあります。年金は個々の事情や働き方の工夫をすることで貰える金額が異なってきます。是非とも、色々と知識を得ながら工夫をすることにより、充実した豊かな「人生100年時代」を過ごして頂きたいと思っています。